3月14日 判決と報告集会のご案内
来週、高江座り込み弾圧訴訟に、那覇地裁の判決が下されます。
裁判長は「判決を出しても問題の解決にならない」とコメントしてきましたが、仮処分申立からの3年余、私達に精神的・物質的負担を強いて来たこの「ゲート前の通行妨害」という矮小化された争点に、司法による一定の判断が示されます。
3月14日
那覇地裁判決
13:00 事前集会 那覇地裁前広場
13:30 傍聴整理券配布
14:00 開廷〜判決
報告集会
15:00 八汐荘大ホール
傍聴・集会参加と激励をお願いします!
あきれるばかりのずさんな書類を「証拠」に15名の大量仮処分が申し立てられていたと判明したのが2008年12月。
大半が「根拠なし」と却下されたというのに、2名だけがなぜか仮処分決定されたのが2009年12月。
ふたりが正式に国から起訴されたことで、私たちが投票で変えたと思っていた民主党政権が沖縄や人権、民主主義に対する深い洞察がないということを知らしめたのは、鳩山「ごめんねやっぱり辺野古」よりも早い2010年1月。
住民を起訴しておきながら、国会答弁のためだけに中身のない名目だけの「住民説明会」を開催し、工事を強行した2010年2月。
裁判長が「国民同士が戦争をしているようだ。政治が解決すべきことであって、判決では解決しない」と対話を求めたのが2010年12月1日の口頭弁論。
ところが防衛局が夜の闇に乗じて、だれも見てない静かな山に大量の警備員を並ばせて重機を運び込んだのは2010年12月。年末には、米軍ヘリの「通常訓練」が民間地にあるテントをホバリングで潰したのに、無策だった防衛局に、怒れる県民が座り込んだ。
それでも工事を強行する防衛局。2011年の1月2月、人口160名の高江に連日100名以上の作業員が制圧するように来てはノグチゲラの森を伐採し、土嚢に詰めた砂利で山道を舗装し、なによりも暮らす人、働く人の心を踏みつぶしていった。裁判の最中にも高江に工事に来て法廷が騒然となったのは2011年1月26日。
現場の防衛局責任者の無責任で傲岸な態度が露呈した2011年8月の集中審理。
裁判長は「司法権を行使しても真の紛争解決は期待できない」「問題の根本は北部訓練場の返還計画。計画の是非は政治的問題で、司法判断になじまない」と異例の発言をして結審したのが2011年12月14日。
病に苦しむ元米兵が訴える枯れ葉剤使用の事実にも目をつぶり、国は米軍の放縦に黙認する姿勢を変える気はないことが明らかになったのが2011年の1年間でもあった。
人権を訴えているというのに外務省が「沖縄は対象外」と国連に知らん顔を決め込んだ2012年2月。
「仮処分申立からの3年余、私達に精神的・物質的負担を強いて来た」と淡々と書かれた住民の会からのお知らせの言葉の背後には、たとえばここに挙げたようなことが含まれているし、これだけでは書ききれないあまりにも多くの出来事がある。
みんなで、反対してきた。
反対の根拠を正確に捉えていたことはその後のオスプレイ報道、辺野古のアセス騒動をみれば明らか。
反対と抗議と直接行動によって工事が進まなかったことは、だから、住民として、市民として、ピープルとして、正しかったと思う。
「国」は隠した・ウソをついた・説明をしなかった・高見から指示するだけで沖縄の人たち同士を対立させ傷つけた・やんばるの森を破壊した・そして、法廷を悪用した。
さて、裁判所は、私たちにどんな言葉で語りかけてくるだろうか。