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20120307

なんだこりゃー那覇市議会

「女性が結婚しないと子どもが生まれない」「女性もいい時(25-35歳)にPRすれば間違いなく求める人もいる」「婚活しないと結婚できない時代。特に子どもを持つ選択をできる時間に限りがある女性は、危機感を持ってほしい」「独身の女性は40歳を過ぎると年下を好むようになるらしい。いよいよ男性との距離が拡がる」「男性は70-80歳でも子どもを生むことができる」「こういう発言は女性蔑視といわれかねない部分もある」「女性の『いい時』である25-35歳の結婚適齢期は出産適齢期でもあり、結婚は少子化対策になる」

おいおい。
意味不明なので理路整然と抗議するのもばからしいが、しっかりとツッコミを入れたくなるのは、同じ議会で大切なことが話し合われていたから。
結婚を選ばずに子どもを育てている人が、経済的に苦境にあることは、それほど想像力豊かでなくとも普通に考えられることのように思う。その人たちが、自分の選択を良かったと感じられる社会を、と思う。それなのに「寡婦」という侮蔑的な語を冠した制度の枠組みに含めてほしいと、必要に迫られた現実的な要望として提案せざるを得ない状況の、凄まじさを想像できるだろうか。

これらを考慮に入れたならば、同じ議会のなかで公的に発言される先のようなことばは、バカバカしいと呆れて黙殺するわけにはいかないだろう。40歳過ぎた独身は年下が好きとか、で、だから距離が拡がるいっぽうみたいなことは、ホント意味不明なんだが。バカなことばに紛れ込んで受け流されがちだが、危険なニュアンスは察知して対抗言説をきちんと立てておく必要がある。

少子化の何が問題なのだろうか。それを国策で対応する必要はだれのためにあるのだろうか。国が必要とする子どもとはどのような子どもなのだろうか。おんなはいつまで、どこまで、国家に刈り込まれ収奪されなければならないのだろうか。

ジム・ローチ監督作『オレンジと太陽』は、イギリスの非婚の母の子どもを国家が強奪して白豪主義を維持したいオーストラリアへ、なおかつ労働者として、児童移民させた両国の暗い過去を描いた映画だ。いっぽうで、アボリジニの子どもを家族から奪い去って強制収容的に「教育」したのも白豪主義のオーストラリアの過去、フィリップ・ノイス監督『裸足の1500マイル』がこれを描いている。
産む性と子どもを国家が管理しようと欲動する危険性への警鐘として、那覇市議の皆さんぜひ見て下さい。

さらに蛇足として同日の県内両紙の国際面には「スイスで66歳の女性が双子を出産」という配信記事が出ていたことを参照しておく。こうした話題はしばしば、遠くの国の摩訶不思議ニュース的に女の話題を扱って良いルーズさに満ちており、扇情的で揶揄的な言説として批判的に読まなければならないというのに、那覇市議の問題発言の「事実認識の誤り」を実証することになってしまっているのは壮大な皮肉としか言いようがない。

ちなみにこのニュースは、気になるところ満載。
「体外受精の年齢制限がないウクライナで手術を受け妊娠した。」
という一文は出産に絡む階級格差、グローバルな格差の問題を暗示している。
またタイムスでは省略されたが新報には出ている最後の段落。
「スイスでは過去4年間に、少なくとも4人の60歳超の女性が出産しているが、高齢での子育てに批判もあるという。」
おんなの年齢(だけ)がなぜ「問題」とされるのか。AFPが配信したオリジナルのニュースを参照すると、成人するころ、あるいは分別の付く年頃には親が高齢者であることが「無責任で利己主義的」との批判らしい。蛇足の蛇足として、この女性がプロテスタントの牧師であったことが見出しに採り上げられるほど強調されているが、日本の記事ではまったく触れられていない。