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20120516

「アフガン版オキナワ」全文訳

 太平洋両岸の「居直り強盗」の記事で短く紹介したアフガン版オキナワの記事の全訳をご紹介します。

アフガニスタンの沖縄
 Afghan Peace Volunteers
(訳:池上善彦)

    我々は平和を願う普通のアフガニスタン人である。我々には目と耳があり、愛と絶望を感じることができる。どうか我々の話を聞いてほしい。
    最近締結された「アフガニスタン・アメリカ戦略的パートナーシップ協定」に触れてワシントン・ポストは、「米軍教官と特殊部隊は2014年以降もアフガニスタンの基地に駐留を続けるであろう」と報じた。
    オバマであろうがロムニーであろうが、2014年にアメリカ軍が完全撤退することはあり得ないということをアメリカ市民は分かるべきである。シカゴ・ト リビューンのチャップマン記者は「大統領はすべて戦争屋である。民主党も共和党もない。戦争党があるだけだ」と書いている。
    それはアフガニスタンでも同じである。
    悲しいことに、世界中の大統領と首相は金と武力を投機にして自国民、及び他国民に地勢学的に、経済的に戦争を仕掛ける最高司令官である。
    多くの地で人々はこういった現状に対して抗議している。人間を犠牲にする政治的嘘にもはや我慢ができないのだ。それは美しい人間の春を生むだろうか。そのような春が来るには時間がかかるということを我々は身に染みて知っている。
    オバマが戦争は終結に向かっているとほのめかしたことについて、ニュー・アメリカ安全保障センターの上級研究員であるアンドルー・エクスムは批判してい る。「戦争は終結に向かっているというのは間違っている。戦争は止むことなく、我々の欲望に従って開始される。アフガニスタンにとって戦争は終わらないだ ろう。アフガニスタンによって、アフガニスタンと共に、アフガニスタンを通して戦闘を継続するアメリカの特殊部隊もまた止むことはない。
    要塞化されてはいるが日々攻撃にさらされている首都カブールはアメリカ軍の援護でカルザイが実質的に納めている唯一の場所である。そこで16歳のアリ は、汚水があふれ地下にしみこんでいく灯りの消えたカブール市に「戦略的パートナーシップ」調印のために真夜中にこそこそとやってきた、何かに怯えている ようなオバマに失望した。アリは翌朝の5月1日にそのニュースを知った。「何だって! これから治めようとする名誉ある人々に顔を見せようともしないなんて」。
    「戦略的パートナーシップの長期的安全保障と題された第三章の第6項目」にはこうある。「2014年、そしてそれをこえて相互安全保障協定のようにアメ リカの職員がアフガニスタンの施設を引き続き利用し使用することをアフガニスタンは許可する。その目的はアルカイダとそのシンパと戦い、アフガニスタン防 衛軍を訓練し、共通の安全保障のための相互任務のためである」。
    アメリカ軍を撤退させる代わりに「2014年、そしてそれをこえて相互安全保障協定のようにアメリカの職員がアフガニスタンの施設を引き続き利用し使用 することをアフガニスタンは許可する」ことは、「アフガニスタンの沖縄」を打ち立てようという計画のことなのである。

人間的意味対シニカルな意味論

    アメリカ内部にある不安をオバマ政権は賢明にも、アメリカは「アフガニスタンに恒久的な軍事基地は置かない」という名目にすぎないことを宣言することで、緩和した。
    オバマ大統領が32ページにも渡るリビアにおけるアメリカの活動と題された報告書で、「リビアでの戦闘は戦争ではなく、単なる軍事行動である」として、 アメリカ憲法と国連議決1973によって必要とされる国会の承認を経ないで60日以上に渡るリビアへの介入が可能になったのは、このオーウェル的な言葉の 使い方による。

「リビアは戦争ではない?」

「アフガニスタンに恒久的な軍事基地は置かない?」

    アメリカの軍事基地とは実際にはアフガニスタンの基地のことなのであるが、2万人ものアメリカ人教官と特殊部隊が暮らし、現在日本の沖縄にあって議論を よんでいる普天間空軍基地に駐留するアメリカ軍を上回る数に達し、日本と近年(激しく)交渉のただ中にある軍の撤退後にも、その倍の数がとどまり続けるの である。
    沖縄の軍事基地にいるアメリカ軍を維持することが社会的にも政治的にもどれほど受け入れがたいものになっているか、カルザイは気づくべきである。
    カルザイ大統領が自らの遺産に関心があるのは当然として、そうであるならば、アメリカ軍が落とすドルで喜んでいるアフガニスタン人でさえ、尊厳ある日本 人のように、「アフガニスタンの沖縄」を終わらすように要求するようにやがてなるであろうことに気づくべきである。歴史に名を残したいと思うならば、日本 の鳩山由紀夫首相が沖縄をめぐって非難にさらされ、就任わずか8ヶ月で辞任せざるを得なかったことを、カルザイは銘記すべきである。
    アフガニスタンの与党である国民統一戦線は、戦略的パートナーシップはアフガニスタンの現在と未来の世代から批判されるであろう、という声明を出している。
    アフガニスタンでの戦争の終結を望んでいる多くのアメリカ市民は、2014年に完全撤退することはないということを聞いて失望するであろう。

    2014年にアメリカ軍が完全撤退することはない。

    2014年にすべてのアメリカ軍が撤退するわけではない。

    2014年にすべてのアメリカ軍が撤退するというプランは絶対にない。

    「2014年のアメリカ軍の撤退」はオバマがしかける「認識の戦争」である。

    アメリカの友人たちがアフガニスタンの戦争に反対し民主主義的に考えるよう、世論に訴えることができるようにしてもらえるために、我々にはどのようなやり方があるのだろうか。

文明と野蛮

    「私たちは勉強し、働き、毎日家に安全に戻れるためにちゃんとした万人のための経済と安全な環境の中での慎ましい生活を望んでいるのです。アメリカの特 殊部隊とドローンがそんなことをしてくれるわけはありません」とアフガン・ピース・ボランティアのシャムスは言う。
    普通のアフガニスタン人は、普通のアメリカ人と同じように、アフガニスタンの戦争の終結を願っています。
    しかし、どのようにしてアフガニスタンの戦争を終わらせるかについては、オープンに議論すべき違いがある。
    普通のアメリカ人とアフガニスタン人が文明的であろうと思ったとしても、両政府はより軍事化し、文明的選択肢を与えはしない。
    特殊部隊とドローンを用いることは軍事的選択であり、その選択はアフガニスタンにとって失敗であったことは明白である。それは文明的選択ではないのである。
    「武装した千人のタリバンとかアメリカ人兵士よりも、一人の武装していないアメリカ人の人道的教師か労働者が村にいるほうがいい」とアブドゥラーは言う。「パンは食べられるが、弾丸は食べられない。生活の糧は必要だが、人殺しのやり方はいらない」。
    アブドゥラーにとって、パン、教育、そして仕事は守るに値するもの、真の文明なのである。
    オバマによって命令され、アメリカの特殊部隊が任務を終わらせるために殲滅しよとしている「テロリストの天国」はアフガニスタンにもパキスタンにも世界のどこにもありはしない。
    テロリストを口実とするやり方は、ここではアルカイダと増えゆくそのシンパたちが採用するやり方であるだけでなく、国防省の「Joint Vision 2020」で示されたグローバルな「全局面での優越」を達成するためにアメリカ外交が採用した軍事的方法であることは明白である。
    スーパーパワーに近づきつつある中国は、すでにスーパーパワーから離脱した英国とロシア、そしてゆっくりとスーパーパワーから離脱しつつあるアメリカのように、過酷で野蛮な力を方法として採用するであろう。
    不道徳な哲学者であろうが、ムスリムのジハードであろうが、アウグスティヌスの十字軍であろうが、何をしてくれるでもなくがっかりさせ、次にアフガニスタンの民を殺す。ちょうど彼らの昔からのやり方が多くの人間を裏切り殺してきたように。
    オバマがアフガニスタンの沖縄を真夜中に承認したことを誉める人間もいるだろう。しかし私たちは承認ていないと言う、その人間性をどうか尊重してほし い。我々は軍人の肩飾りを、武器を、敬礼を、傲慢さを、盗みを、そして我々の真実への希求を踏みにじる英語とダリー語で交わされるオーウェル的言葉を憎 む。
    夜明け前の暗闇の中でのオバマのカブールへの(南アジアにおける果てしない戦争への「新たな始まりの日」を確認するための)急襲した直後、タリバンがグリーン村を襲い登校途中の子供たちを殺害した。あなたたちにこの声を聞いてほしい。

    この声はあなたたちの中にもあって、覚醒しつつある。

    「文明の尊厳を取り戻させてくれ。
    アフガニスタンの沖縄を賞賛するな。
    並外れた野蛮を引け。
    すべての軍隊を持って帰れ」。