座り込みとはなにか、それは座り込む者が決める。
沖縄の抗議の現代史を学んで、現場に出会って、私たちはますます豊かな座り込みのスタイルを発明していきたい。それはごく当然のことだと思っていたが、合意してないプロジェクトの姿勢として、気持ちも新たにここに表明しておきたい。
(参考文献ならぬ参考ラジオは以下。)
さて、SNSでのことは、SNS内でSNS民ならではの抗議の座り込みを、あちこちで創発して頂くとして・・・。
ここでは、2010年の出来事を記録しておきたい。戦後日本の自民党長期政権にわずかに隙間を穿った民主党連立政権下でのこと。鳩山政権で官房長官を務めた平野氏から、普天間基地の県内移設を容認すると受けとめられる発言があり物議を醸した。当時はまだ辺野古の移設を受け入れていない(ように見えていた)仲井間沖縄県知事との会談を報道した『朝日新聞』の記事を、沖縄で座り込み抗議をしていたわたしたちは衝撃と怒りを持って読んだ。
「死ぬ気で反対してこない限り、地元の意向は反映されない」
「首相官邸高官」の発言として記事になったこの12年前の言葉は、忘れがたい出来事であったと同時に、今日の言論状況が「またか」と既視感を感じさせる淵源の、ごく最近の事例のひとつである。沖縄の抗議は数十年の長期に及んで、政権を問わず、現実政治・ネット言論空間を問わず、恫喝と揶揄に曝され続けている。
この時期、併行して起こっていたのは東村高江に対するこの政権の弾圧だった。高江の住民の会ブログに、合意してないプロジェクトが発信した経緯の説明と呼びかけが転載されているので参照されたい。
また、採り上げたのは少し古い記事なので、以下に全文を引用しておく(太字は引用者による強調)。
内田晃、木村司、松川敦志「沖縄、頭越し決着を警戒 政府、県内案に軸足 普天間移設」『朝日新聞』2010年2月21日。「ベターになるかも」。米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)移設をめぐる20日の平野博文官房長官の発言が波紋を広げている。県内移設を進める意図とも受けとれるからだ。とくに沖縄ではキャンプ・シュワブ陸上部(同県名護市)移設案や普天間継続使用案を検討する政府・与党への警戒感が強く、平野氏との会談で仲井真弘多知事は「地元の頭越しにならないように」とクギを刺した。(内田晃、木村司、松川敦志)=1面参照
政府は結局、県内移設を決めてしまうのでは――。仲井真氏が20日、平野氏に「頭越し決着」を牽制(けんせい)したのは、過去の苦い思いがあるためだ。
仲井真氏は平野氏との会談後、記者団に対し、2006年に名護市辺野古に移設する現行計画が決まった経緯に触れ、「ドンと決まったものを強制されたという感じがしないわけでもない」と指摘。「こうなったから受け入れてくれと言われても(困る)」と述べ、政府案決定までに沖縄の意向を十分踏まえるべきだとの考えを強調した。
06年当時の稲嶺恵一知事は普天間の代替施設に「15年の使用期限」「軍民共用」などの条件を付けたが、日米合意には入らなかった。県民から不満が噴き出し、環境影響評価などの手続きが滞る要因となった。
しかし、地元の意向が優先される見通しは今回もない。「地元との合意は最後の局面」(首相官邸高官)。すでに鳩山政権内では、まず米国の反応を見極め、それから連立与党や地元の合意――との手順が語られ始めている。別の首相官邸高官は「どこに移設すると言っても受け入れ先は反対する。死ぬ気で反対してこない限り、地元の意向は反映されない」とさえ話す。
キャンプ・シュワブ陸上部への移設案について、閣内では「既存の米軍基地内の移設なら、地元の反発は少ない」との読みもある。北沢俊美防衛相は19日、「かつて米軍楚辺通信所(通称・象のオリ、同県読谷村)が米軍のキャンプ・ハンセン(同県金武町)に移った時、沖縄から大きな反対運動は起こらなかった」と語った。ただ、騒音被害や墜落の危険が伴う飛行場と、通信施設を同等に論じるのは無理がある。
さらに平野氏は、「県外移設がベスト」と重ねて求めた仲井真氏に、「ベストを求めていくが、ベターになるかもしれない」と語った。公の席で県内移設の可能性を示唆したと受け止められ、沖縄県民の反発は必至だ。
「ベターではなく、やはり私どもはベストを探す。与党3党が協力して、沖縄、米国に理解される案をつくる」。平野氏の発言について、記者団から見解を求められた鳩山由紀夫首相は20日、こう釈明せざるを得なかった。
(引用終わり)